大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 昭和46年(ワ)2793号 判決

原告 藤沢辰雄

被告 高橋爽一郎

主文

原告の本件訴えはいずれもこれを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

(原告)

一、被告が、名古屋地方裁判所昭和四〇年(ワ)第三六〇号建物収去土地明渡等請求事件の昭和四六年一〇月二六日の第一二回口頭弁論期日において、右事件が、名古屋簡易裁判所昭和三八年(ハ)第一三八号土地境界確認等請求事件につき昭和四三年二月一六日言渡された確定判決の既判力に抵触することを前提として、その口頭弁論を終結した措置が、被告の過誤にもとづき、民事訴訟法第一八二条、第一九九条に違背するものであることを確認する。

二、被告は原告に対し、本判決確定後七日以内に右事実を明示した文書をもって遺憾の意を表示せよ。

三、訴訟費用は被告の負担とする。

(被告)

一、本案前の申立て

主文と同旨の判決。

二、本案の申立て

1 原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二、当事者の主張

一、請求原因

原告は、その請求原因として、つぎのとおり主張した。

(一)  被告は、本件原告を原告とし、訴外浜島代三を被告とする名古屋地方裁判所昭和四〇年(ワ)第三六〇号建物収去土地明渡等請求事件の審理を担当している裁判官であるが、右事件の昭和四六年一〇月二六日第一二回口頭弁論期日において、同事件被告訴訟代理人から、右事件における原告の請求が、当事者を同じくする名古屋簡易裁判所昭和三八年(ハ)第一三八号境界確認等請求事件につき、昭和四三年二月一六日言渡された確定判決の既判力に抵触する旨の申立てがあるや、右被告訴訟代理人の提出した証拠のみを斟酌し、原告の主張をまったく顧慮しないまま、審理半ばにして口頭弁論を終結した。

(二)  被告のとった右口頭弁論終結の措置は民事訴訟手続に違背し、裁判官としての裁量権を著しく逸脱するものである。すなわち

(1) 原告は、前記建物収去土地明渡等請求事件の同四六年九月二一日第一一回口頭弁論期日において、同事件被告訴訟代理人から、前記既判力に関する主張を記載した同年九月二一日付準備書面とともに、書証として前記確定判決正本(写)の交付を受けたが、前記建物収去土地明渡等請求事件は、前記確定判決にかかる境界確認等請求事件と、その請求の対象となっている土地の範囲を異にするうえ、前記確定判決は、請求の対象となった土地の範囲を超える部分についてまで判断がなされている点において、違法な判決である。のみならず、原告は前記境界確認等請求事件については、名古屋地方裁判所に控訴を申し立て、同裁判所昭和四三年(レ)第六号事件として審理されたが、その同四六年三月三一日口頭弁論期日に、当事者双方の訴訟代理人が出頭せず、そのまま三か月間放置せられたため、民事訴訟法第二三八条により、同四六年六月三〇日の経過をもって訴の取下げとみなされ、右第一審判決は確定するにいたったものである。原告は訴訟代理人からかかる経過をまったく知らされていなかったので、前記建物収去土地明渡等請求事件における被告訴訟代理人の主張によってはじめて知ったものである。そのため、原告は同四六年一〇月二日名古屋簡易裁判所に再審の申立てをし、これが同裁判所昭和四六年(ニ)第一号事件として係属し、原告は同四六年一〇月一一日付で同年一一月八日午前一〇時の期日呼出状の送達をうけていた。このような経緯のうちにあって、前記被告訴訟代理人が前記建物収去土地明渡等請求事件の第一二回口頭弁論期日に、同四六年九月二一日付準備書面をもって、既判力抵触に関する主張をするとともに、前記確定判決正本および判決確定証明を書証として提出したので、原告は右再審請求事件の期日呼出状を書証として提出し、前記の主張をしたところ、被告はこれを排し、前記建物収去土地明渡等請求事件が前記境界確認等請求事件の確定判決の既判力に抵触することを前提として、弁論終結を宣したのである。

(2) 以上のような事情のもとで、被告は、裁判官として、審理が公正かつ迅速に行われるように努めなければならなず、また、準備手続を経ない口頭弁論においては、民事訴訟規則第二六条所定のとおり、争点および証拠の整理を完了したときは、その旨を調書に記載しなければならないのに、これをなすことなく、裁判をなすに熟さない審理半ばにして弁論を打ち切り、結審を強行した。これは民事訴訟法第一八二条、第一九九条に違背することはもとより、憲法第三二条によって保障されている国民の裁判所において裁判を受ける権利を侵害するもので、国民から裁判官に付託された重大な職責に反するものである。

(三)  以上のとおり、被告の行為は、公務員としての違法な職務行為であり、これにより原告は当該事件当事者として損害を蒙ったが、これはもっぱら被告の過誤によるものである。したがって、被告は原告の損害回復のため、右事実を明らかにし、遺憾の意を表明すべき責任がある。

(四)  よって、原告は被告のとった右口頭弁論終結の措置が違法であることの確認を求めるとともに、本判決確定後七日以内に右事実を明示した文書をもって遺憾の意を表することを求める。

二、本案前の抗弁および請求原因に対する答弁

(本案前の抗弁)

(一) 訴訟事件につき口頭弁論を終結するか否かは、もっぱら受訴裁判所の職権による裁量に委ねられている訴訟指揮権に属するところであり、その当否は、当該訴訟事件の判決に対する上訴によってのみ判断を求め得るものであって、別訴により口頭弁論終結の措置が違法であることの確認を求めることは許されない。

(二) また、口頭弁論の終結は、裁判権を行使する裁判官の職務行為であるから、その違法であることを理由として当該訴訟の係属中に、担当裁判官を相手方として、文書による遺憾の意の表示を求めるごとき訴えを提起することは許されないと解すべきである。

(本案に対する答弁および主張)

(一) 原告主張の事実中、被告が原告主張の訴訟事件の審理を担当する裁判官であること、原告主張の境界確認等請求事件につき、同四三年二月一六日判決言渡がなされたこと、名古屋地方裁判所同四三年(レ)第六号控訴事件の同四六年三月三一日口頭弁論期日に当事者双方の訴訟代理人がいずれも出頭しなかったこと、原告主張の建物収去土地明渡等請求事件において、被告訴訟代理人が原告主張の確定判決正本および判決確定証明を書証として提出したこと、被告が原告主張の口頭弁論期日に、その主張の事件につき、口頭弁論を終結したことは認めるが、その余は争う。

(二) 訴訟当事者から既判力の抗弁が出た場合に、裁判所がその抗弁について判断するため口頭弁論を終結するのは、訴訟指揮上当然の措置である。その結果、既判力の抗弁を排斥する中間判決をして、さらに訴訟を継続することになるか、あるいは既判力の抗弁を認めて終局判決をすることになるかは、判決の言渡をしなければ判明しない。したがって、被告が中間判決あるいは終局判決のいずれかをなすため、口頭弁論を終結したのは適法である。

(三) 公権力の行使にあたる公務員は、職務上なした行為につき関係者に対し遺憾の意を表する義務はない(最高裁昭和三〇年四月一九日判決民集九巻五号五三四頁)。

第三、証拠≪省略≫

理由

原告は、口頭弁論終結の措置が裁判官の裁量権を逸脱した違法なものであることの確認を求めるとともに、被告に対し、これにつき文書によって遺憾の意を表すべきことを求めている。しかし、前者は、訴訟事件につき裁判官のとった口頭弁論終結の措置は、受訴裁判所の職権に属する訴訟指揮上の裁判であって、これに対する不服は、もっぱら当該訴訟事件の終局判決に対する上訴によってのみ主張することができ、別訴をもってその違法の確認を求めることは許されない点において、また後者は、公権力の行使にあたる公務員の過失にもとづく損害については、国もしくは公共団体がその相手方に対し賠償等の責を負うものであって、直接公務員個人がその相手方に対し賠償等の責を負うものではないから、公務員個人を相手方として損害賠償請求等の訴えを提起することは許されない点において、いずれも不適法たるを免れない。

よって、本件訴えはその余を判断するまでもなくいずれも不適法としてこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西川豊長 裁判官 大塚一郎 川上孝子)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例